便利屋『九』の、ある種、愉快な日常。 |
「ふふ、こんな暑い中、ごめんなさいねぇ」 ミス・グレイが微笑んだ。 薄手の白い手袋に、繊細なレースの日傘。中世の貴婦人、……よりはちょっと控えめかな? とにかく、ロココ調のシックなドレスに身を包んだ、今日も上品な出で立ち。 ふあ~~……やっぱいいよなぁ、こういう上品さ。あたしも大きくなったら、是非ともこうなりたいと思うね、切実に。 「金属製の四角い箱が埋まってましたけど、それで大丈夫でしたか?」 「ええ、多分それだわ。ありがとうね、真結子ちゃん」 「い、いえっ、そんな、それ程でも……どういたしまして」 へへっ、『真結子ちゃん』だってー! 年上で品の良い人にそう呼ばれると、何かこう、くすぐったいものがあると思う。照れくさいんだなぁ、これが。 「もしアレでしたら、掘るのも手伝いますけど……どうします?」 「あぁ、大丈夫よ、安心して? そろそろ……あっ、テッちゃん、カンちゃーん!」 遠くに何かを見つけ、ミス・グレイが手を高く振る。 その向こうには、ミス・グレイと同い年くらいの、壮年でガッシリした体格の男の人と……その肩に乗ってんの、猫だ! っつーか、ボスだ!! 「ぼぼぼボス、何やってんですか!? つーか、え、お帰りなさい!!」 「ああ、真結子、留守番御苦労だったね。ただいま。土産はもう事務所の方に運んであるから、後でみんなで分けなさい」 「ボス……せめて、出て行く時も戻って来る時も一言断わって下さいと何度言ったら」 「緋華、そんなに目くじら立てるんじゃない。珍しい洋酒を買って来たから、帰ったらホットミルクでも作るといいよ」 「くっ……も、もので釣ろうとしたってそうは」 「リリーベル、君もだ。良い蜂蜜が安く手に入ってね。後で緋華に紅茶でも淹れてもらうといい」 「本当!? ボス、ありがとう!」 「チッ……ボス、リリーから懐柔に入ったわね……」 「まぁまぁ、いいじゃないか、緋華。それよりも……」 ボスが、ミス・グレイに視線を戻す。ミス・グレイはやっぱり上品に手を小さく振っていて、ボスはボスで、壮年の男性――この人が『テッちゃん』か…?――の肩から、肉球でその手をてふり、と止めた。 「やぁ。久しいね、ソフレ。何十年ぶりだ?」 「そうねぇ、カンちゃんが国を出て行ったのが19の時だから……30年振りかしら?」 「……えっと、ボス、……」 まさか、こんなところでミス・グレイの本名発覚。 あたしが話の展開に困って声を掛けると、ボスはするりと男性の肩から下り、あたしの肩に飛び乗った。 「ああ、紹介が遅れたね。彼女は私の幼馴染の、ソフレシア・ローゼンビリア……と言っても、今回の依頼人らしいから知ってるね。で、このデカいだけの男が、同じく幼馴染のテルニアス・ナノロジア」 「おいおいカンタ、何悪意のある紹介をするんだよ……。どうも、カンタの旧友のテルニアスです。いっつもカンタが世話になってるようで」 おぉ、笑顔の爽やかな中年だ……! テルニアスさんは、そのままの笑顔であたし達1人1人と握手をして回った。……っつーか、『カンちゃん』に続き、『カンタ』って呼ばれてたんだね、ボス……。 「で、ソフレ、どうして今更コレを掘り返そうなんてなったんだ?」 「ああ、確かに今更だな……。たしか私達が9歳の頃に、城から――」 「そんなことはどうでもいいと思わない、カンちゃん、テッちゃん? さっ、掘るわよー」 あっ、コレ、ミス・グレイ……いや、ソフレシアさん後ろ暗いことある感じだ! しかも、ボスとテルニアスさんも共犯っぽい! やれやれ、という溜息と共に、ボス達3人が、箱のある地面の周囲を囲む。 ソフレシアさんが大きなツルハシを、テルニアスさんが大きなスコップを持っている。 ソフレシアさんが思い切りツルハシを地面に叩きつけると、一拍遅れて大きな音と一緒に、地面に大きな亀裂が入った。その亀裂の隙間から、テルニアスさんがスコップで掘り返し……って、ボス。ボスもちゃんと何かしようよ。 しばらくすると、地面の中から銀色の箱が姿を現した。 それをソフレシアさんが取り上げると、ボスがその穴の上にシキガミの紙を置いて……どんどん、掘り返された土が戻って行く。成程、ボスはこういう役回りだったか。 そして、ソフレシアさんとテルニアスさんは行ってしまった。何が入ってるのか判らない、銀色の箱を持って。 ……こうして、あたし達のちょっと不思議な依頼は幕を閉じたのだった。 + + + で、後日談。 まだちょっと暑苦しい事務所で、あたし達はボスの買って来たお土産を囲んで、いつも通り平和にだべっていた。 「ねぇボス、結局、あの箱って何だったんですか? ソフレシアさんとテルニアスさんも……」 「ああ……ソフレとテルは、私の幼馴染だよ。19まで、王宮警護の仕事を一緒にしていた。あの箱はなー……9歳の頃に、王宮からちょっとしたものを盗んでね、隠していたんだよ。大方、そのことがバレそうになって、大事になる前に戻しておきたかったんだろうさ」 「ボス……一体何を……」 「子供の頃の話だ、気にしちゃあいけない」 そう言ってボスは、高級蜂蜜(あたしに味は判らないけど、パッケージにそう書いてあった)をたっぷり使った、緋華特製のハニークッキーを齧った。 全く……ウチのボスには、困ったもんだ! |