便利屋『九』の、ある種、愉快な日常。


 テステス。あー、あー。本日は晴天なり、本日は晴天なり。
 ナレーションはあたし、鈴木真結子でお送りしま~す。

 ……なんちゃって。

 さて、ボスの寒三郎さんが、いつもの放浪の旅に出てから早2週間。
 特に仕事も来ないし、最近めっきり暑くなっちゃって、普段ならあたし達がサボッてると叱り飛ばしてくる緋華も、暑さでダウン(北の出身だから、何度経験しても西の暑さには慣れないみたい)。
 今日もみんな仲良く、事務所でゴロゴロ五郎ライフを満喫しています。……誰だ五郎。

 お昼ごはんも、普段作ってくれてる緋華が台所に立てないって言うんで、仕方なくあたしが。そう、何を隠そうこの、あ・た・し・が! みんなの分作ってあげました! もっと褒めていいんだよ? フフフ……。

 日本に居た頃に良く作った、サラダ風パスタのカキ氷乗せが結構効いたみたいで、リリーや紅は復活しつつある。緋華は言わずもがな、エリーはいつだって汗一つかかない涼しげ~なカオして……先日いきなり熱中症でブッ倒れたから、信用ならないんだよねぇ。
 ポーカーフェイス、ここに極まれり。

 とにかく、今この事務所でマトモに動けるのが、夏バテ知らずのあたしと、元々暑さに強い紅と、背中に羽という名の自前冷却ファンを持ってるリリーくらい。……あれ、この世界にファンってあったっけ? まぁいいや。

 あたし達は今日ものんびりと、お土産付きのボスの帰還を待っていたんだけど……。

 推理モノ風に始めるなら、そう。
 ある麗らかな昼下がりに、『それ』はやって来た。

 + + +

 便利屋『九』は3階建てで、1階が事務所、2階が職員達の居住&休憩スペース、3階……というか、屋根裏がボスの家になってる。
 で、基本はみんな2階にたむろしているから、1階にお客さんが来たらすぐ分かるように、1階のドアにはガランガランと鳴るベルが付けてあるんだよね。

 で、お昼を食べ終わってまったりしていた昼下がり、そのベルはけたたましく音を立てた。

「は~い、ちょっと待ってくださいね~……っと」

 いっつもお客さんの対応をしてくれてる緋華がダウンしちゃってるモンだから、仕方なく、あたしが階段を駆け降りることになった。……まさか、半裸や人格障害に接客を任せるわけには行けないしね、しゃーないさ。

「はいはいはいっ、何のご用でしょうか~?」

 階段を降りたそこには、何てゆーか、……えっらい美人だ。
 うん、そう。そうとしか言えない。美人が居た。

 もっと詳しく言うなら……年齢は、40~50代くらいだと思う。品の良い灰色の髪をした、優しそ~な小母様、って感じ。金縁の眼鏡が良く似合う。
 この世界には、パッと見で種類が分からない人種が多いけど、この人は何だろう。耳が尖ってないから、まず、エルフじゃあ無いと思う。大きさからして、小人でも無い。この暑いさなかだし、雪女も、無いと思う。
 人間か、魔族か、変化できる系の半獣人……? ダメだ、やっぱ分かんないや。

「あの~……?」

 おっと、いけないいけない。あんまり無言でジロジロ見ちゃったもんだから、お客さんが警戒を始めてしまった。
 あたしは咄嗟に営業スマイルを作って、そのお客さんに駆け寄る。

「お待たせしてしまって申し訳ありませんでした。便利屋『九』へようこそ! 本日はどのようなご用件でしょうか?」

 ……フッ、決まった。
 あたしがそんな軽い達成感に浸っていると、お客さん……って呼び続けるのも面倒なので、こっからは、ミス・グレイと呼ぶことにしようと思う。キレイな髪だしね、うん、ナイスアイディア。

「あらまぁ、お店の方? じゃあ、今、カンちゃん居るかしら?」

 ミス・グレイがにっこり微笑む……カンちゃん?
 この店に、カンちゃんなんて呼ばれるような人、居たっけか?

 まずはあたし。すずき、まゆこ……うん、違う。カンちゃんの『か』の字も含まれてない。
 りりーべる、うぇすとうっど……違う。はなさき、ひばな……コレも無い。えりあ、ぐらす……違うね。はやて、べに……うん、全然違う。

 じゃあ、誰だろう……?
 そこまで思って、ふと、普段は名前で呼ばない人の名前が脳裏を過ぎった。

 ……ボス。しののめ、『かん』ざぶろう……?

「ひょっとして、ボスのお客さん……ですか」

 そう言った途端、ミス・グレイの顔が、ぱぁっと明るくなった。
 ……マジッスか。

「え、と。すみません、今日、というかここ最近、ボスは休みでして……」

「まぁ、もしかして、体調でも?」

「いえ、その、まぁ……」

 誰が言えようか。
 ボスは全てをほっぽらかして、旅行してます、なんて。

「あぁ、ひょっとして、また放浪旅とか? 全くカンちゃんは、変わらないわねぇ……」

 呆れたように肩を竦めるミス・グレイ。
 ボス、昔から放浪癖があったんだねー……。

 でも、今の一言であたしは確信してしまった。
 この人はボスの、 お さ な な じ み だ ……!!

 幼馴染、それは、魅惑の響き。
 恋愛モノの本なんかにおいて、約24%の確率でお付き合いを始めてしまうという初期ステータス(真結子調べ。ちなみに1位は38%で転校生、2位は31%で腐れ縁でケンカばっかの女友達)。
 つまり、この人が、ボスの未来の……ってことは、あたし達にとっての、姐さん的な!?

 こりゃあ、気合いを入れて接客しなきゃあなんないね……。ごくり。

「えぇと、ミス・グレイ。私で聞けるご用件でしたら、窺わせて頂きますが……?」

 言うとミス・グレイが、驚いたように目を丸くした。
 やっぱ、わざわざボスを指名しに来たくらいだし、人に聞かれたら困るようなことでもあったのかな……?

「えっと……ミス・グレイって、わたくしの事ですか……?」

 ……わぁい、『わたくし』だってー。じょっおひーん。

 ……じゃなくてッ!
 今あたし、お客さんの事脳内で勝手に付けた名前で呼んだか、ひょっとして!? ダメだあたし、接客の才能ない!! ここはダウンしてる緋華にムチ打ってでも、出て来てもらうしかないッ!?

「ち、ちがっ、スミマセッ……。その、あの、悪気はなくって! ただその、キレーな髪だなぁって、それでっ!!」

 ヤヴァい! 今のあたし、相当ヤヴァい!
 だって今、自分が何考えながら何言ってんのか全然わかってないもん! 目ぇぐるぐる回ってるよコレ絶対!!

 そんなあたしの混乱もどこ吹く風。ミス・グレイは口元にレースの手袋で覆った手を当てて、クスクスと笑った。……品の良い人って、何してもサマになるよなぁ。

「あら、いいわ、気にしないで? 元はと言えば、最初に名乗らなかったわたくしが悪いのだもの……淑女として、礼を欠いていたわ。でも、いいわね、ミス・グレイって。どことなくミステリアスな雰囲気で……これからもそう呼んで頂いちゃおうかしら?」

「えぇと、では、ミス・グレイ……。ボス……じゃなかった、東雲が戻るのはいつになるか分からないのですが、戻り次第ご連絡しますか?」

「あら、良いわ。あなたにお願いしてしまおうかしら……えぇと、」

「あっ、真結子です、鈴木真結子。異邦人で、『チキュウ』って世界から来たんですけど、もう1年半はこっちの世界に居るので、何と言うか、あー……大丈夫かとっ!」

 おいおい、大丈夫って何が大丈夫なんだあたし。
 つまりほら、定期監査でもOKのお墨付き得てるし、ヘンなコトはしませんよー、それなりにこっちの世界の知識もありますよー、と。そう言いたかったワケなんだけどさ。

「そう、真結子。で、あなたにお願いしたいことなんだけどね……」

 そう微笑んで、ミス・グレイは、ハンドバッグから1枚の紙切れを取り出した。


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