虹と星の掛け橋


 全ての始まりは、アイリスの10歳の誕生日だった。
 彼女は毎年そうしているように、普段の食事に加えて小さなカップケーキを2つだけ焼き、それらをテーブルに並べて、母親の帰りを待った。

 セッティングから数分すると、玄関の方で、ドアの開く音がする。

「母さん! お帰りなさい」

「ただいま、イリス。ところで大事な話があります座りなさい」

「ところでがいきなり過ぎる! 母さんいっつもそうだよね、言葉はオブラートに包むだけじゃなくワンクッション挟んで欲しいんだよ!!」

「それはそれは……すみません、気が利かなくて。さ、座りなさい」

「う、うん、謝られても困るんだけどね……? 分かったんだよ、座るんだよ。イリスちゃんは基本素直な良い子だから」

 それでもまだ釈然としなさそうに「むぅ~」と呟きながらアイリスが椅子に座ると、同じように彼女の母親――オラリオも、その正面の椅子に座った。2人の間に挟まれた机には、まだ温かい料理が並んでいる。

「イリス、あなたももう10歳です。という訳で、伝えなくてはならないことがあります」

 アイリスは「一体どういう訳なんだろうな」と思いながら、神妙に頷いて見せた。
 オラリオは「ああこの子分かっていませんね」と思いながら、話し始めた。

「ええと……あなたにはどこまで話してましたか? あなたはホムンクルスで――」

「母さんの遺伝子で作ったクローン、父親は居ない、誕生日は試験管から出した日、遺伝子操作が施されている、母さんの仕事の後任として作られた、ってとこまでは聞いたんだよ。6歳くらいの時に」

「あ、遺伝子操作のことまで話していましたか。それは好都合」

「好都合って……母さんなんか、悪役っぽいんだよ」

 いつも通り、大して表情を変えずに言う母親を見て、アイリスが眉をひそめて呟く。
 「とりあえず、冷める前に食べてちゃって良い?」「ああ、そうですね」という軽い会話を挟んで、互いに目の前の食事に手を付ける。

「ふぇ、ふぁふぁふぃっふぇ? ふぁーふぁん (で、話って? 母さん)」

「……食事中に話すのは構いませんが、食べながら話すのはやめなさい、イリス」

「……はぁーい」

 とりあえず口に突っ込んだパンを呑みこんで、(次はもう少し長く焼くか……焼いた後、軽くトーストしてみよう)と思いながら、アイリスは話を聞く姿勢に入る。

「それで話なのですが、まぁ、あなたの体に関する事です、イリス。本来は児童学校に入学する際の精密検査で判明していたことなのですが、まだあなたが幼すぎたことと、私自身話した方が良い事なのか判断がつかなかったので黙っていました」

「母さんにも判断できないことってあるんだねー……あっ、ごめんなさいごめんなさい、続けて」

「イリス、親をおちょくるんじゃありません。とにかく、です。あなた、ホムンクルスについてどれだけ知っていますか?」

 オラリオの問いに、アイリスはしばらく考え込んだ。そして、思いついたことを片っ端から話す。

「えーっと、確か学校で少し……。生き物から作るタイプと、機械のがあってー」

「遺伝子操作系ホムンクルスの話です」

「んっと、食事を普通に摂って、動物とかと遺伝子を掛けあわせることもできて、あとは、うーんと……」

「遺伝子の性質を選んで表に出すことが可能、基本的に遺伝子情報は劣化する、他にもありますが……まぁ、そんなところですね」

「あっ、それは知ってる。あたしがオッドアイなのも完全変化できないのも、遺伝子操作のせいなんでしょ?」

「ええ、そうです。で、その部分での弊害の話なのですが……」

「えっ? 目の色が違うのと、完全変化できないだけじゃないの?」

「だけじゃないんです、実は」

 アイリスの素っ頓狂な声に、オラリオは重々しく頷く。

「まず、免疫の低下。簡単に言うと、ちょっとした病気や感染症にかかりやすいんですよ、あなたは」

「あぁー……それには、うん。覚えあるかも」

 アイリスが、微妙な苦笑を浮かべる。
 思えば、教室内で風邪が流行る時、真っ先に風邪をひくのは自分だし、病院に行くと、必ず何かしらの病気をもらって来ていたような気がする。
 なので最近は、病院のような病人の集まる場所にはあまり行かないようにし、できるだけ生活習慣や食生活に気を付けるようにしている。

「次に、生殖機能の異常。あなたは、とても妊娠しにくい……というか、殆ど子供が作れない体と思って頂いて、差し支えありません」

「……………そうなんだ」

 今度は返事までに時間がかかってしまった。

 いくらシッカリしていると言っても、アイリスはまだ、10歳になりたての幼い女の子だ。将来の夢を友達と語り合いながら、「ねぇねぇ、もし将来子供が生まれたらさぁ、何て名前つける?」なんて話を笑いながらしたことだってある。
 大人になったら、素敵な人と結婚して、母さんや子供達と幸せに……という、なんてことのない将来設計が、今この場で、永遠に叶わないことが分かってしまった。

 それでもアイリスは前向きに、「ううん、いざってなったらまたクローンって手もあるし、母さんもあたしをクロって作ったワケだしね! それに、子供が居ないと成立しない幸せなんて、違うよね!」と考えて笑顔を作る。
 そんなアイリスに、オラリオは、更に非常な現実を告げた。

「そして、最後に……これが一番、あなたにとっては辛いことだと思いますが……あなたの、寿命の話です。イリス、私はあなたが生まれるにあたって、それはもう色々と遺伝子をいじりました」

「う、うん」

 そこはかとなく嫌な予感を感じつつ、「続けて」、とアイリスは先を促す。

「その最たるものが、あなたの左眼です。あなたの眼が左右で色が違うのは、そこだけ、私の遺伝子をそのまま使っていないからなのですよ。そもそも私が眼帯をしているのは、この下に眼球が無いからです。でも、子供までそうでは、余りに……と感じたので、多少無理に遺伝子情報をいじって、あなたに左眼を作りました」

「そうだったんだ……」

「そして、そのせいで、あなたの体は……色々と、不都合が生じてしまっている状態です。免疫の低下も、変化能力の不完全も、生殖能力の欠如も……そして、寿命もです、イリス」

 オラリオが、真っ直ぐにアイリスの眼を見て話す。
 アイリスはその先の話の展開を想像して泣きそうになったが、それでも涙を見せず、しっかりと母親の右眼を見つめ返した。
 どんなに話しづらいことも、相手の眼をしっかり見据えて話す母の心の在り方が、今日はやけに悲しかった。

「本来、クローン体ホムンクルスの寿命は、遺伝子元の平均寿命のおよそ半分~3分の1程度だと言われています。ただしあなたの場合、その遺伝子元の情報をいじり過ぎたので……」

 狼女の寿命は、大体100年とされている。もしあたしが、その寿命一杯まで生きられるとしても、30~50歳まで……。
 それが、更に、縮んで。

「20年か……25まで生きられれば……いえ、希望的観測です。20歳まで生きられるかどうか、それすら分かりません」

「……っ!」

 反射的に顔を下に向けてしまってから、あわてて母の顔を見た。
 オラリオは心なしか、申し訳なさそうな、傷付いたような顔をしている。そんな顔をさせたくなくて、今の今まで耐えていたのに……と、アイリスは一気に後悔に苛まれた。

 それと同時に、過去の色々な出来事が、アイリスの脳裏に蘇る。

 4歳の時に一目惚れした初恋の人――人間年齢で40代後半くらいの、威風堂々とした竜の男性だった――を思い出した。「いりすねぇ、おっきくなったらおじちゃんのおよめさんになりたいのー」と言った時、彼は言った。

「駄目だよ、おじちゃんとお嬢ちゃんじゃ、生きられる時間が違いすぎるんだ。お嬢ちゃん、獣人か何かだろう? おじちゃんは竜だから、お嬢ちゃんの何倍も生きる。それで、もし、おじちゃんとお嬢ちゃんが好き合って結婚出来ても、お嬢ちゃんはどう頑張っても、おじちゃんより先に死んでしまうんだよ。そうなったら悲しいだろう? だから、駄目なんだよ」

 そう言われて頭をなでられた時は、漠然と、「そっか、そうなんだぁ」と思った。
 それから何年もして、その言葉の意味が、段々分かって来た。

 今、その時間の差が、また広がっている。今度は、竜みたいな強い生き物との差じゃ無い。自分の種族である獣人と同じ時間を生きることさえ、自分はできなくなったのだ。

 そして母親に、「どうしてイリスにはおとーさんが居ないの?」と聞いた時。
 自分がクローンだと知って、何故わざわざクローンなんて作ったのかを聞くと、母はこう言った。

「それはね、イリス。もし私に何かあった時に、このセントラル・ラインがまた、あの頃の無法地帯に戻らない為に。あなたが必要だったのですよ、イリス」

 でも、今聞いた話だと、私は母さんより早く――死ぬんじゃないか。
 私の生まれた意味って何だったの? いつかちゃんと母さんの跡を継ぐために、一生懸命勉強もしたのに、何で?

 保険が、保険をかけた人より早く死ぬんじゃ……意味、無いじゃん。

 アイリスは別に、自分の遺伝子をいじった母親に対して、憎しみも嫌悪も抱いていなかった。
 ただ、人の為に作られたのに、母の、ひいては誰の役にも立てないまま、死ななければいけない自分が嫌だった。悲しかった。

 その日の夕食は、つつがなく終えた。
 自室に戻って、それからしばらく悩みに悩んで、声も立てずに泣き続けて、……何日も何日も考えた。

 私にできることを、精一杯しよう。
 これから生きられる10年の間に、精一杯を。

 でも、私は弱い。完全に変化できないだけでも十分なハンディキャップなのに、魔力の許容量も低く、十分な戦力になれるとはとうてい言えない。
 だからといって20歳まででは、事務員としてもそこまで大した働きはできない。

 ……それなら、この魔力を最大限に役立てる方法を。
 召喚魔法を、身につけよう。それなら一旦呼び出せば、返す魔力さえ残しておけばそれでいい。強大な使い魔を得ることができればなおいい。

 そうと決まれば旅に出よう。

 そして私は、誰かの役に立つ人間にならなければ、いけない。


1 2 3 4

Return