虹と星の掛け橋


 ……暑い。
 少女はそう思いながら、サウス・シティの街外れにある山道を登っていた。長い黒髪のツインテールを揺らし、黒と赤のオッドアイを苦しげに細めた、幼さの真っただ中に居る少女だ。

 季節は初夏。年中を通して温暖で知られる南は、例えそれが初夏であっても、中央の真夏日に匹敵するほど暑い。
 少女、アイリス・C・アルバは、生まれも育ちもセントラル・ラインで、種族的には雪山に棲む狼の血を引いている。暑さには、人より少し弱かった。

 何故、そんな彼女が南の山道をただ1人歩いているのか。その理由を突き詰めると、――事の発端は、彼女の誕生日にまで遡る。が、長くなるので今は割愛。

「はぁ、はぁ……な、何なんだよぅ、もう! い、イリスちゃんは……幼女だぞーぅ……。もっと、優しくしなきゃ……ダメ、なんだから……」

 そんなことを南の暑さときつい坂道に対して呟きながら、それでも彼女は山道を登って行く。
 目的は、アイリス自身にも良く分かっていない。目的はあるのだが、別に、ここで無くても良いものだった。というか、ある程度どこでも、運によってはその目的は達成できる。

 なのになぜ、汽車に乗ってまでこんな遠くに来たのかというと……出来るだけ、離れたかったのだ。自分の生まれ育った街から、自分の母の生まれた北から、自分の母が学んでいた東から。

 ――自分を複雑な気持ちにさせる全てのものから、出来るだけ、遠ざかっていたかった。

 そのまましばらく歩いていると、アイリスは道の脇に、小さな人型の生き物を見つけた。どうやら行き倒れているようで、心配になった彼女は、その小さな生き物に駆け寄る。

「だっ、大丈夫っ!? 生きてる、死んでない!?」

「ぁ……だ、れ……?」

 駆け寄るとその生き物は、小さな女性のようだった。
 全体的に痩せていて顔色も悪く、声もか細く今にも消えて無くなってしまいそうな印象を覚える。

「そんなこたぁどうだっていいんだよ! どうしたの、外傷は無いけど……襲われた? それとも……!」

「ぁ……ぉ……」

「何、どうしたの!!」

「おなか、減った……」

「……へっ?」

 その言葉を最後に、小さな女性は、気絶した。

 + + +

「っ! 美味しい! アンタ、何、料理のプロ?」

「ちっ、違うんだよ! ただのしがない学生で、これは母さんが料理出来ないから自分で作るうちにできるようになっただけー!」

 あれから少し後。
 気絶した彼女が微かに目を覚ました時に、アイリスが持って来ていた弁当を分け与え、現在に至る。

「はぁっ、ごちそうさま」

「いえいえ、おそまつさまー。んで、何でこんなトコで倒れてたの? 旅の途中? 小人が1人で山越えは無茶なんだよ」

「違うのよ……。あのね、驚かないで、聞いてくれる……?」

「……うん、分かった」

 アイリスは姿勢を正すと、その女性の話に耳を傾けた。
 女性はゆっくり、静かに話を始める。

「まずね、アタシ、小人じゃない……っていうか、この世界の住人じゃないの」

「ってことは……異邦人?」

「そう、それ。アタシはアンタ達の言う、所謂異世界の……神様なのよ」

「かみ……さまっ!?」

 神。
 厳密にこの世界に、『創造主』という概念は無い。あくまでも、世界と世界の隙間にある世界に、他の世界から色んな物が落ちて来て出来た世界とされているからだ。

 それでも、神という概念は、他の世界から持ち込まれていて、アイリスも知識としては知っていた。
 世界を作った存在。世界を形作る要素。人々の心の支え。それが、神。

「アタシは異世界で、星を司る神として信仰されていたわ。名前は、こっちの世界には無い発音だから教えられないけど……向こうの世界で、『星の中の星』とか、『君臨する星』とかいう意味の言葉よ」

「じゃ、何て呼べばいい?」

「そう……ね。じゃあ、流星、と呼んでくれたらいいわ。こっちの世界に、流れて来ちゃった訳だから」

「分かった、流星だね? 流星は、何でこっちの世界に?」

「良く、分からないんだけど……眠っている時に、夢を見たのよ。沢山の星と一緒に、小さな星に落ちて行く夢。それで、目が覚めたらこの世界に居たわ……」

「管理局には行った? 異邦人なら、保護してもらえるはずだけど……」

「ええ、とっくに。それで一時的な受け入れ先まで面倒みて貰ったんだけどね……アンタ、アタシの世界の神っていうのが、どんな存在だか知ってる?」

「んーん、知らないけど……」

「アタシの世界で『神』って呼ばれる種族は、人の願いを叶えて奇跡を起こす代わりに、『信仰』という……まぁ、栄養素みたいなものを得るのよ。神はそれで力の大きさが決まるし、全く『信仰』が得られなくなると、消えてなくなってしまうわ」

「ふぅん……座敷童みたいなものなのかな?」

「それ、こっちの世界の神みたいなもの? まぁ、それでもいいけど……とにかくこの世界に来て、一気にアタシを知る人間が居なくなっちゃったの。そうすると『信仰』も得られないから……こんなに小さくなっちゃって」

 そう言うと女性、流星は、呆れるように肩をすくめてみせた。

「……あれっ、じゃあ、受け入れ先は?」

「出て来ちゃった。あそこでは、働くことはできても信仰を集めることなんかできないからね」

 この世界で異邦人は、一旦仮の住人登録を受けて、3年~元の世界に帰れるまでの間、管理局の監視を受けることになっている。その間に問題が無ければそれで良し、何らかの大きな問題を起こした場合、元の世界に帰れるまで……まぁ、監禁とか投獄とかにほど近い状態で『保護』されることになっている。
 で、斡旋された職場を放棄して来た、ということは……。

「ちょっ、それダメだよ! 監視員に怒られちゃうよ!?」

「そんなことより、アンタは? 何でちっちゃいのに、こんな所歩いてたの?」

「う、それは……」

「家出?」

「ちちち違うんだよっ!? ちゃんと家に書き置き残して来たもん!!」

「この世界ではそれを家出と呼ばないの!?」

 流星が叫んだ。
 この世界で神に一番近いとされる、鬼と呼ばれる種族は、もっと静かで神秘的なイメージだけど……異世界の神様ってノリが良いんだなぁ、とアイリスは意識の端で思う。

「とっ、とにかく、あたしは家出と言うか……ね?」

「いや、アタシに意見を求められても困るんだけど……。帰らなくていいの? お母さん、心配してるんじゃないの?」

「あっ、母さんについては大丈夫。心配とかそういうガラじゃないから」

「……やけにキッパリ言ったわね。もしかして、何? お母さんと折り合いが悪いの? それで家出を?」

 義理のお母さんとか、虐待されてるとか……と、流星は思いつく限りの想像を並べ立てた。
 それらの言葉に、アイリスは首を振る。

「そういうんじゃないんだけどね? 血は一応繋がってるし、母さんはまぁ……世間一般で言う母親像からはかなり離れてるけど、悪い人じゃないし。ただ、何て言うか……客観的? うん、凄く客観的に物事を見る人だから、心配するより先に、『ああそうか、旅に出たのか』って思うと思うんだよねー」

「何か……凄く妙な親子関係ね」

「そうかな? まぁ、母さんだから」

 アイリスは苦笑すると、立ち上がろうとした。それを流星が、「ねぇ、」と引きとめる。

「まだ聞いてないわよ。何で、こんな所に居たの?」

「うーん……結構長い話になっちゃうと思うんだよー……」

「いいわよ、暇だし。話してみなさい、ほれほれ」

 流星に急かされて、アイリスはおずおずと話しだした。

「事の発端は、あたしの誕生日に起因するんだけど……」


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