オモチャのチャチャ・チャ


 結論から言おう。

 アタシ達『ワイルドベリー』小隊は、敵の本拠地があるかもしれない山奥で、はぐれ、分断し、揚句道に迷った。
 ……いや、最後のはアタシだけかも知れないが、迷った。

 事の始めはこうだった……。

 + + +

 東に到着後、真っ先にアタシ達は今回の依頼主である農協に、顔見せついでに情報収集に行った。
 結果分かったことを、簡潔にまとめる。

・ある時期を境に、山菜採りの老人や山に遊びに行った子供達が、戻って来なくなった。
・最初は戻らなくなる人間の方が少なく、どこか地盤がゆるんで危険になっているのかと思った。
・捜索隊も何度か派遣したが、行方不明者は見つからず、最悪の場合捜索隊員も何人か居なくなるようになってしまった。
・次第に、山に入る者は1人として戻って来ることは無くなり、誰もが山に入るのをやめた。

 ……これが、今回中央まで仕事が回って来た経緯らしい。

 それを聞くと姐さんは、軽い休憩を取った後、とりあえずその問題の山に1回入ってみよう、と言った。情報が無いとどうにもならないので、アタシ達にも異論は無く、アタシ達は速やかに登山を決行した。

 その後、山の前で、姐さんは1本の長いロープをアタシ達に握らせた。

「いいッスか、行方不明の実体が分からない以上、油断は禁物ッス。話によると山道は細いらしいッスから1列になって進むッスけど、全員、このロープを手から離しちゃダメッスよ。ロープの先は自分にくくりつけておくッスから、全員、それを持って、山を登って行くッス」

 姐さんに言われるままに、全員が1本のロープを握りしめた。火宴はロープを焦がさないように、ロープを握ったその部分だけ火力を弱めているようだった。
 列の順番は先頭から、姐さん、イェット、火宴、アタシとトト、イーズ、最後にライク・ライク。

 そして、山に入ってしばらく。
 特に何も起きないまま、アタシ達は頂上を目指していた。見た感じあまり高い山では無いので、もう少し歩けば辿りつくだろう。

「思ったより何も無かったな。もっとこう、怪しげな結界とか、あからさまな地崩れとか想像してたけど」

「チャチャはん、そないな単純なこと、流石にないと思うけど……」

「物の例えだ、例え!」

「ふふ、チャチャはん、そればーっか、」

 次の瞬間。
 アタシの真正面を歩いていた火宴が、ボヒュッと、音を立てて、消えた。

「か、カエンさん!?」

 トトが叫ぶ。どうやら混乱しているようなので、とりあえず脳天に一発入れる。

「どした、何かあったッスか!」

 姐さんが振り向いた。それにつられ、前のイェットも振り向く。
 イェットが息を呑む。姐さんの目が見開かれ、瞳孔がキュッと縮む。真後ろのイーズが、怯えたように声にならない声を出し、その後ろのライク・ライクは、何も見えなかったらしくオロオロと「どうしたですか!?」と聞いて来る。

「火宴が消えました。話の途中で、火に火薬を投げ込んだような、火が燃え上がる音がしました。実際に火宴の体が一瞬大きくなって、それから人の形が崩れていって、一瞬で小さく……」

 アタシに見ることのできた細かい情報を、姐さんに報告する。
 姐さんはその言葉にしばし考え込み、「……探すッスよ、まだその辺に居るかも知れねぇッス」と言った。

 そしてアタシ達が道を少し外れ、茂みをガサガサやっていると……ここからはもう、描写の必要もない事と思う。目を離した隙に、あるいは見ている目の前で、1人消え2人消え、最後にアタシとトトの目の前でライク・ライクが消え、アタシとトトは2人、山の中に取り残された。
 順番としてはまず、火宴を探していたイェットが消えた。次に、向こうで音が聞こえたと駈け出したイーズが。この辺りで捜索は打ち切られ、全員で集まり固まっていたにも関わらず、目の前で姐さんが、消えた。

 とりあえずじっとしていても始まらないので、アタシはトトを胸ポケットに突っ込み、下山を始めようと思っていた、のだが……。

「ねーちゃん、アレ!」

「ん、何だ?」

 ポケットから顔を出したトトが、茂みの隙間から、何やら発見したらしい。草をかき分けてトトの言う方へ進むと、そこには、箱があった。トトなら4匹は入るだろうサイズの、赤く塗られた箱。彫刻が施してあり、それなりに華やかな見た目をしている。
 どうやら留め具が光を反射し、トトの目に付いたようだった。

「珍しい柄だな……どこの地方のだ?」

 それを拾い上げようとして……世界が、反転した。

 + + +

 そして現在に至る、と。
 正確には、『世界が反転した』というより……『世界がぐるりと回った』感じ。足元をすくわれて、そのまま地面ごと横に一回転して、気付いたら……見覚えの無い場所に居た。

 何が見覚えが無いかって、さっきまでアタシは深い緑の中に居たのに……今アタシが立ってるのは、ピンクや白の色とりどりな色彩でできた、菓子の街だ。
 クッキーやビスケットで出来た小さな家が立ち並び、あちこちに木のようにぐるぐるキャンディが突っ立っていて、石のようにグミが転がり、花のようにキャラメルが咲いている……オェ、甘いニオイに気持ち悪くなって来やがった。

 左足側のポケットから、モゾモゾとトトが這い出て来た。

「ねーちゃん、何が――何コレ?」

 どうやら目にした情報に、本気で驚いたらしい。珍しく真顔で、トトが言う。

「分かるか、ボケ。って……トト、お前、羽どうした?」

「羽? なんのこと? ……って、うわっ!」

 トトの羽には白い文字で、『PETER PAN』と書いてあった。黒い羽に白い文字が、とても良く目立つ――悪い意味で。
 「どうしよう?」という目でアタシを見上げてきたトトの目が、ハッと見開かれた。

「ねーちゃんも、それ、どーしたのっ!?」

「それ? 何だ?」

「顔、カオッ!!」

 どうやら顔がどうにかしているらしい。
 とりあえず鏡になりそうなものを探して、結局アタシは、自分の拳銃の銃身に自分の顔を映してみた。映っているアタシの頬には、黒い鏡文字……。

「E・C・I……いや、逆か。A・L・I・C・E……エイリス……アリーチェ……アリセ……? 何だこれは?」

 少し強めにこすってみても、皮膚が少し赤くなるだけで、落ちる気配は無い。
 とにかく諦めて、あることに気付いた。

 アタシがトトを入れたのは、制服の胸ポケットだった。なのにトトは、何故、左足のポケットから……?

 自分の姿を見降ろして、ようやく気付いた。
 服が、変わってる!?

 アタシがさっきまで着ていたのは、機動隊員に支給されている一般的な制服だった。あらゆる状況に対応できるように作られていて、邪魔にならないよう、一切の装飾品は省かれている質素なもの。
 でも今着ているのは、青いワンピース。その上からかけられた白いフリフリのエプロンのポケットに、トトは入っていたらしい。

 というか……スカートだ、コレ……。

 その事実に、思いっきり心が折れそうになってしまった。
 アタシは元々スカートとかそういう女みたいな……いや、女なんだけど、女らしいというか、いかにも女、みたいな恰好が、苦手だ。嫌いと言っても良い。

 制服だって本来、女性職員用にはスカートのものが(もちろん、その中に履くスパッツも)支給されているのだが、何となく抵抗があり、男性職員用のズボンをすこし詰めて使っていた。

 折れそうな心に必死で添え木をしつつ、今後の行動方針を決めて行こうと思う。

「とりあえず、ここがどこか、から考えてみよう」

 そう言ってあたしはその場にしゃがみ込み、背負っていたリュックを漁り始める。幸い、あたしが姐さんに渡されたリュックはそのままらしい……外装デザインを除いて。
 出がけに姐さんに手渡された、あの地味で無骨なリュックは、いつの間にかぬいぐるみのような、真っ白いウサギの形をしたリュックにすげ変わっていた。

「コンパス、携帯食糧、ロープにナイフにランタンと火種……よし、装備類は全部無事だな。ただ……」

「ねーちゃん……コレ、何?」

 あたしが触れずに済ませようと思っていた部分に、トトが思いっきり突っ込んできた。
 ……トトとあたしの視線の先にあるのは、無駄にスタイリッシュなガラスの小瓶と、メルヘンな柄をした紙袋が1つずつ。ついてるタグにはそれぞれ、『DRINK ME(私を飲んで)』と『EAT ME(私を食べて)』……。

 ……怪しすぎるだろう。

「トト、食うか?」

 そう聞くと、トトが全力で首を横に振った。……こいつにも、一般的な動物並みの危機回避能力はあるらしい。

「とりあえず、先へ進もう。おあつらえ向きに、道はある」

 あたし達の足元には、黄色いレンガの道が続いていた。
 とりあえず、目指すは……あの、遠くに見える、色鮮やかな森だ。


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