オモチャのチャチャ・チャ


 さて、あたしとトトがしばらく歩いて行くと(とは言うが、トトはあたしの肩に乗っているだけだ。いつか太って飛べなくなるだろう)、色鮮やかな森が目前に広がった。
 こちらに来て真っ先に菓子の街に遭遇したからか、あの時遠くに見えていた極彩色の森もきっとその系統のものだろうと思っていたが……。

 立ち込める甘い香りは、菓子類の甘さではなく、咲き乱れる花の香り。恐ろしいまでの華やかな色は、木々に巻き付いた薔薇の花の色。
 ピンク、黄色、紫、白、赤と白のグラデーション、黒、オレンジ、……無数の色が、チカチカとあたしの目を刺激する。

 ここは、葉の無い木々に巻き付いた、薔薇の森だ。

「ねーちゃん、目ぇ痛い……」

 トトが不満げに言った。あたしだって痛い。チカチカする。さっさとこんな森抜けたい。

 そう思いながら足を進めていると、不意に後ろから声を掛けられた。

「……チャチャ? うわ、キッツ」

 言ったな? アタシも薄々感じていたことを、言いやがったなこの男は?

「はっはっはイェット? お前の後頭部にもうひとつ、今度は失礼じゃない口でもプレゼントしてやろうと思うんだがどうだ?」

 幸い、愛用の拳銃はスカートの下のガンホルダーに2丁とも収まっている。アホの同僚に穴1つ増やすくらい、瞬きをする間に行えるだろう。

「チャチャ、状況」

 ……ホント、顔色ひとつ変えねーなこいつは。まぁ、脳味噌の風通しを良くした程度じゃ死なねーし、当然っちゃあ当然……いや、痛覚は丸ごと残ってるんだっけか。やっぱ異常だ。

「状況も何も、アタシらも今向こうから歩いてきたところだよ。菓子類の街を抜けたら薔薇の森に出た。服は知らんうちに変わってた。装備は無事だ。これで満足かオラ」

 とりあえずムカついたので、喧嘩腰で話を進めてみる。
 それでもやっぱり表情筋を微動だにさせずに、イェットはアタシの肩のトトを撫でくり回しながら言う。

「似たような状況だ」

 ブン殴ってやろうかと思った。かなり本気で。
 簡単なのはいいことだ、とてもな。だが行きすぎだろう。どうして姐さん始めウチの部隊員は、平気でコレと会話できる?

「ん……あ、イェット、お前も顔になんか書いてあるぞ」

 不愉快な気分と共にこいつの顔を睨みつけていたら、ふと、長い前髪に覆われた額に書かれた文字に気付いた。
 そこにあるのは、『ALADDIN』というスペル。服も、いつものやる気の無いヨレたジャージから、どこか異国情緒漂う、南の民族服のようなものになっていて……いよいよもって訳分からん。

「とりあえず、状況……は出し合ったか。現状をまとめて、今後の方針を決めよう」

 その言葉に、イェットが頷く。とりあえずアタシ達はその辺に都合よく転がっていた巨木に腰掛け、今後について検討する事にする。

「まず分かっているのは、……何か変な世界に紛れこんだっぽいってことくらい?」

 あ、思った以上に分かってる部分少なかった。しかもそれさえ不確定。
 イェットは既に眠そうにしている。というかアタシ、舐められてないか? 確かに隊の中では結構弱いかも知れないけど、アタシだって一時期『吸血鬼狩りの通り魔』とか言われて西を震撼させてた頃があるんだからな?

 ……いや、出来れば忘れて欲しい、所謂ひとつの『黒歴史』だけど。

「・あの森の中から、唐突にここへ飛ばされた(原因不明)。
・顔には意味不明の落書きと、服の総取り換え(装備は無事)。
・ここで行われていること、全ての趣旨と意向が不明。
・合流できたのは今のところ計3名(俺、チャチャ、トト)。
・チャチャとトトは一緒に来た(トトは付属品扱い?)。」

「……お前、案外器用なんだな。その箇条書き喋りって、どうやってんだ?」

 同僚の知られざる特技を目の当たりにしつつ、とりあえず考えてみる。
 
「まずはアレだな、ここが前に居た所と同じ世界なのか全くの別世界なのか、それとも少し空間がねじれてるだけなのか誰かの頭の中なのか手の込んだドッキリなのか……実はこっちが元の世界だったとかは死んでも認めたくないけどな!」

「落ちつけ、チャチャ」

「ねーちゃん、超恐い……」

 恐くもなるさ。落ちつかなくもなるさ。
 ここまで意味の分からない所に放り出されりゃあ、姐さんだってキレるわ。

 まず、ここが前に居た世界と同じ世界軸の世界であるなら、誰かがこの世界の一部、あるいは全てを改変したことになる。それだけの力を持った奴らとやり合うのは、相当マズいだろう。

 次に、そもそもここは、あたし等の住んでいた世界とは別世界であるという可能性。そうなると話は根底から覆って来る。
 世界と世界を繋げることが出来るのは、世界の門を守る鬼の一族、一ツ鬼だけだ。例外的に、鬼に能力を貸し出されている者(代表例が、我が機動隊の実質トップ、オラリオ・W・アルバの持つ『刻の瞳』だ)も居るには居るが、三毛猫の雄……いや、とにかく一切居ないに等しい数しか居ないので、まず遭遇することは無い。
 となると、現在、あたし達はこの世界を創り保つ存在、『鬼』を敵に回している……いや、そんな概念も無いだろう。『鬼』に遊ばれているのが現状、ということになる。
 ……逆らって死ぬか、演じきって開放の可能性に賭けるか、それしか無い。

 最後の可能性。正直、これが一番簡単だ。これであって欲しいと、切に願っている。
 以前あたしは、クロスライン鉄道と呼ばれる、都市と都市を結ぶ交通機関に乗ったとき、神無坂日和、という幽霊の少女に出会った。彼女は鉄道に関連する全てのものに取り憑き、操る、『ポルスターガイスト』と呼ばれる能力を使う、強力なエレメントだ。
 当時あたしは、西へ逃げた凶悪犯を追い、鉄道内で全面戦闘という運びになってしまっていた。その時、乗客を巻き込むことを恐れた日和が使った能力……通称、『幽霊列車』で、車両をまるごと1つ、異世界へと繋げてしまった。

 どういうことかと混乱するあたしに、日和は、淡々とした口調で説明を始めた。
 世界には色々あって、鬼が繋ぐのは、ある程度安定した、つまり、世界として独立した世界であること。世界と世界の狭間には、ここのように不安定な世界のほかに、『世界』とは呼べないような、何も無い空間も存在しているということ。そして、『幽霊』のように、一度、この世界から離れてしまった者は……極稀な確立を持って、自分の行った『世界の狭間』と、自分の居る『世界』を繋げる事が出来るようになること……。
 日和の持っている『世界の狭間』は、星々に満たされた、美しく、幻想的な世界の狭間だった。

 使用範囲の限定、使用条件の限定、効果適応人数の限定、効果時間の限定……色々な制約があり、しかも効果といえば元居た場所から場所を移す、というだけの能力なので、あまり使い勝手の良くない能力だというが、入れられた方はたまったものじゃない。
 『世界』でない『場所』は、『世界』に生きるあたし達の存在を、少しずつ歪ませ、蝕み、削り、最後は無に還す。……まぁ、結構な長期間入ってないとどうこうなったりはしないらしいが、それでもそれは、怖い。
 自分が自分じゃなくなって行くと言うのは、どんな、気持ちなんだろう。

 それは、あたしが、吸血鬼になった時のように……
 体が、自分が、根底から、覆っていくような……?

「とにかく……進むか」

 考えていても仕方が無い。そう言って立ち上がると、トトとイェットが頷いた。
 とりあえず、異論は無いようだった。


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