猫に蛇を、蛇には猫を。


  ***【Vivian】***

 第一印象が悪いと、もう、そいつの全てが悪く見えて来る。
 自分にとっての同僚兼ルームメイト、リーディル・ワーズ・ドゥーレイニーが、正しくその言葉の正確さを、身を持って証明してくれていた。

 初めて会った瞬間に、自分のことを子供扱いした上に、酷く侮辱して来た蛇の蟲人だ。あの時のことは、2年経った今でさえ、思い出すだけでハラワタが沸騰し、脳味噌が煮えくりかえる。

 初対面で、アイツは自分に向かって、「おや、君は、ヴィヴィアンさんの娘さんかい?」なんて聞いた揚句、「よしよし、じゃあ、アメちゃんをあげよう」だなんて……もう10代も後半に差しかかった、特に大人ぶってみたかった自分にとっては、侮辱以外の何物でもない。

 あぁもう、

「死ねッ!」

 視界に入るだけで、あらん限りの暴言を浴びせたくなるのだ。

「えぇー……。ただ帰って来ただけの人に向かって、『死ね』って……。ヴィー、ボクは、君の良識を疑うよ」

「えぇい、うるせぇッスよリーディル・ワーズ・ドゥーレイニー! あと、慣れ慣れしくヴィーとか呼ぶな!!」

 ……もう2年間、自分達はこのやり取りを繰り返している。
 そろそろ面倒になって来たなー、とか思いつつも、やめるタイミングを掴めずにズルズルと……っていうのも確かにあるけど、このやり取りを挟まないと、もう落ちつかなくなって来た、っていうのも、まぁ、本当のところ。
 ほら、「いただきます」とか「ごちそうさま」のノリでやってるんッスよ。うん。

 そもそも、こいつと自分が同室になったのには、ちょっと面倒な事情がある。

 元々、自分は女子部屋、こいつ……リーディル・ワーズ・ドゥーレイニーは男子部屋で、ごくごく普通の部屋割りだった。
 問題があったとしたら、それは、自分の相部屋相手がネズミの半獣人だったことと、リーディル・ワーズ・ドゥーレイニーの同室が小人だったこと。

 部屋替え初日から、自分は同僚に噛みつき、リーディル・ワーズ・ドゥーレイニーは同僚を飲み込みで、周囲は騒然。当日のうちに異例の速攻部屋替えが行われ、2人の問題児は同室になった。

 初対面から自分を子供扱いして来た、気にくわない2つ年下の同僚。しかも蛇男で、気を抜けば何かを丸呑みにしてる、世話の焼ける奴。
 これが自分の、リーディル・ワーズ・ドゥーレイニーに対する評価だ。

 しかも、何の因果か昨年の人事で、自分はこいつと同じ、『ヘビイチゴ』小隊に配属されてしまった。
 職場でも家でも顔を合わせるなんて、一体何て言ういじめなんだろう? 自分は、配属担当者の気分を損ねることなんて、それこそ月に10回くらいしかしてねぇっていうッスのに……。


  ***【Lidl】***

 同室のヴィヴィアン・ヴェルヴェットは、小さくて、凶暴で、小生意気で、短気な、愛すべきボクの同僚だ。
 彼女はビックリするほど小さくて、最初ボクは、彼女のことを、同室になると聞かされていた女性の子供だろうと思っていた。だからアメをあげたら、彼女は酷く怒ってしまって、ボクは手の甲に3本の線を刻まれた。

 以来彼女は、ボクを見るたびに親の敵のように罵って来る。
 ボクにネコマタを殺した覚えなんて無いから、それは、全くの濡れ衣だ。

 何度もそう言っているのにヴィーは聞く耳も持たず(あんなに目立つネコミミを付けてるのに)、今日も帰宅早々、考えうる限りでは酷い方に分類される罵声を投げ付けられた。そのまま彼女は台所へ引っ込んでしまう(今日の夕食当番がヴィーだからだ)。

 ヴィーはボクに対して悪態を吐きつつも、何やかんやで、担当分の家事はこなす。
 あれで責任感がある方なのか、それとも単に意地を張っているだけなのか、後々ボクが何かを言うと思っているのかは分からないけど、ヴィーはそういうところが好ましい。

 ……ただ、「飲めるんスよね?」ってカオして、生卵を皿の上にポンと置いて出すのはやめて欲しい。飲めるには飲めるけど、カラが喉に引っかかると、痛いんだ。

 さて、今日の夕食は、ヒヨコ豆のスープにライ麦パン、そして白身魚のムニエルらしい。台所から、それらの乗った2つのトレーを持って来たヴィーが、トレーを机の上に並べる。
 ヴィーのギャップのうちでトップ3を挙げるなら、外見と年齢の差、外見と実力の差の他に、意外と料理ができること、が入ると思う。だって、一緒に暮らしてみるまでボクはずっと、ヴィーは毎晩酒屋で、晩酌ついでに遅めの夕食を摂っているものなんだと思っていたから。

 少し不満があるとすれば、ヴィーは肉食獣の癖に、滅多に食卓に肉が上がらないことくらいだ。
 ボクもヴィーも同じ、ちょっと雑食の入った肉食獣のハズなのに、ボクは牛や山羊を、ヴィーは白身魚や鶏を好む傾向が強いらしい。猫というのは、実はヘルシー志向の生き物だったんだろうか……。

「何ボンヤリしてるッスか。さっさと喰わねーと冷めるッスよ変温動物」

「……ヴィーはさ、変温動物より恒温動物の方が偉いって思いこんでない?」

 呆れつつ、スプーンを手に取り「いただきます」と言う。するとヴィーは満足したように小さく鼻を鳴らし、自分のスープの器を引っ掴んだ……せめてスプーンを使いなよ、ヴィー。

「そうだ、変温動物で思い出したんだけどさ。ヴィー、君、夏場になると毎朝人の布団に潜りこんで来るだろう? アレ、もう流石にやめて欲しいんだけど。暑いんだ」

「お断りッス。それじゃあ言わせて貰うッスけど、お前こそ、冬場に人の布団に潜りこむのをやめるッスよ。寒いんスよ、特に寝起きが。体温ガッツリ奪われてる感じがして」

「無理だよ。だってボク、寒くなると冬眠入っちゃうし。冬眠入っちゃうとほら、業務にも支障が出るし」

 冬眠。爬虫類系の半獣人にとっては、結構厄介な問題だ。
 血筋によっては冬眠が無かったりする血族もあるみたいだけど、ボクの一族は、少しでも雪がちらつけばガッツリ冬眠に入ってしまう(そして、最低でも1ヶ月は起きて来られない)。

 そういう点で、ヴィーは本当に便利なんだ。子供体温というか、猫温度というか、とにかくぬくい。
 髪とかもモフモフで温かい空気を内包している気がするし、抱いて寝るにしてもジャストサイズ。スネークマンに1匹、ネコマタを……うん、悪くない。

 逆に、生体カイロのようなヴィーは、夏が苦手らしい。毎朝不機嫌な顔で、汗でぐっしょり濡れたパジャマを洗濯機に放り込む所から、彼女の1日が始まる。
 なので、「つめたくて、すべすべつるつるひんやりこ(ヴィー談)」なボクの鱗が、ヴィー的夏のマストアイテムらしい。ボクの鱗は左二の腕と背中から脇腹にかけてしか無いので、毎朝ボクは、寝る時に着ているシャツをめくられて、背中に生体カイロにくっつかれて朝を迎える……これがまた、暑い。

 ……でも、

「ま、いっか。何せボク達、恋人同士なんだし」

 ヴィーの動きが、ピタッと止まる。
 そして、視線だけをぎこちなくこちらへ向け……。

「今、何て?」

 引きつった笑顔で聞いてくる彼女に向かって、念を押すようにゆっくりと、ボクは先ほどの言葉を繰り返した。
 こ・い・び・と・ど・う・し。

 その言葉に、ヴィーの顔からサッと血の気が退く。好かれてはいないなぁと思ってたけど、まさか、そこまでだったか……。

「何スかそれ、自分そんなん知らねぇッスよ!? いつの間に、というか、誰が、いつ、どこで決めたッスか!?」

「この前、ヴィーが、部屋で酔い潰れてた時だよ。何かぐてーっとしてて面白かったから、「じゃあボクと付き合ってくれる?」って聞いたら、ヴィーが「あ゛ー、いッスよー」って……」

「 詐 欺 じ ゃ ね ぇ ッ ス か ! ! 」

「えー、詐欺じゃないよー。本人の合意はしっかり得たしー」

「合意って何スか、酔っぱらいの妄言のことッスか!?」

「あ、自分が飲んだくれの酔っぱらいって自覚はあったんだね?」

 その一言に、ヴィーは堰を切ったように怒鳴り出した。
 この、面白いくらい分かりやすい反応が、本当に楽しい。

 最初は、惚れるつもりなんてなかったし、惚れるとも思っていなかった(だって、ボク、ロリコンじゃないし)。
 生意気で、悪態つかれてばっかりで、一向に懐かれる気配もない。たまに、ボクってロリコンでドMの変態だっけ?なんて思ったりもした。

 でもね、ヴィー。
 君は、本当に可愛いんだよ。


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