猫に蛇を、蛇には猫を。 |
***【Vivian】*** 翌日、夕日が山に接弦する頃。 自分は1人で、敵の集落のあると思われる方向へ歩いていた。 今自分は、目立つネコミミは大きめの帽子で隠し、いつもの制服は脱いで、田舎の少女が着るようなオーバーオール風のワンピースを着込んでいる。 これなら、誰がどう疑いの目で見ようと、最低限局長直属の機動隊とは思うまい。 自分に課せられた業務は、敵地偵察。 親にはぐれた子供のフリをし、できるだけ詳しく敵状や周辺の地形を探り、戻ってそれを仲間に伝える。できれば、適当な戦力を数名減らしておけることが望ましい。 とそこで、人間の数倍の聴力を誇る耳が、人の声を捕らえた。 ……男で、人数は……2人……いや、3人か? 丁度いい、こちらに近付いて来る。 しばらくはタイミングを見計らいながら、その場にぺたんと子供座りをして待つ。 大事なのはそう、タイミング。遠すぎず近すぎず、聞えないのは困るけど聞えすぎるのも困る。 カウントダウン。3、2、1……、今だ。 「ふっ……ふえぇ~~~~~ん!!」 静かな森の木々に、泣き声が反響して遠ざかる。 遠くで、人のビックリする気配がした。「なんの声だ…?」とばかりに、ガサガサと草木を掻き分ける音が、こっちへと近付いて来る。 「こ、こどもじゃないか! 何だってこんな所に!」 草木の間からガサリと顔を出した男が、驚いたように大声を挙げた。自分はそれに反応するように、怯えたように、更に声高に泣き声を大きく反響させる。 「おい、刺激するな! あー……お嬢ちゃん。この辺の子かな? おじちゃん達は悪い人じゃないよ、安心して、な?」 ピクリ、と身体が震えてしまう。それは『お嬢ちゃん』呼ばわりされたことへの怒りが理由だったが、この男達はそうは思わなかったらしい。 そりゃそうだ。見た目6歳の頭脳18歳なんて、普通じゃ考え付かないだろうと自分自身そう思う。 そして自分も隊長も、隊の全員が、この外見年齢と実年齢のギャップを上手く使う方法を心得ていた。 自分は、偵察兼陽動部隊だ。迷子の子供を装って、敵を油断させ、近付く。上手く行けばそのまま敵の懐に潜り込み、地形や戦力を仲間に伝え、更に出来るなら相手を撹乱したり、混乱に乗じて敵の頭を討つ。 バレれば一瞬で見せしめに、それも相当惨いやり方で殺されてしまう危険な役割ではあるけれど、そこはハイリスク・ハイリターンと割り切って行動している。それに一応、隊長からは『慈悲』――諜報員や捕虜が、苦しまないよう名誉を守って、安らかに眠れるよう用意される自害用の薬を、機動隊内ではそう呼ぶ――を賜っている。覚悟は出来てる、抜かりは無い。 覚悟を込めた瞳で、じっと敵を見据える。 覚悟を込め……最大限に、涙を溜めた瞳で。 「ママは……?」 「ママ? お嬢ちゃん、お母さんのはぐれちゃったのかい? お名前は――」 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁん! ママは、ママはー!? どこーーーッ!?」 その大声に、男達は慌てふためいた(意外と女より男の方が、子供の泣き声に弱い。こんな仕事をして始めて、気付いた事実だ)。 3人の男達の中でも特に大柄な男がしゃがみこんで、自分に目を合わせる。自分の頭をくしゃりと撫でながら、もう片手をポケットに突っ込んだ。 「あー、ほら、泣きやみなさい、嬢ちゃん。森の子がそんなんじゃいけないさ、ほら、今、おじちゃんが何か甘いモンやっから……」 そう言ったが、ポケットから抜き出した手に握られていたのは、無骨なパッケージの、……菓子?……だった。まかり間違っても、泣いてる子供にやるものじゃない。 「あー、これじゃーダメだよなー……」と困ったように頬をかく男にキョトンとした目線を向けながら、冷静に考える。あのパッケージは、西で作られている傭兵用の携帯食のものだ。ぶっちゃけ味は悪いが、栄養面に問題は無く、腹持ちも良い。自分も何度か世話になっている。 こんなものを持っているということは、こいつら、偵察に森に入ったか。しかも少人数で。 大所帯での進軍ならもっとマシな食べ物を持って来るだろう。森では何が起きるか分からないから、一応最低限の食料を持って入るのは鉄則だが、装備を見るに狩りや散歩じゃなさそうだ、というくらいは判る。 そこまで判断をして、携帯食と、困ったような男の顔を見比べながら、……男に抱きつく。泣きながら。 「あぁ、落ちつけって嬢ちゃん。名前は? どの集落の出身だ? 送ってくから……」 「マリィ……。トレッカーニアから来たの……ママが、あぶないからって、それで、それで……」 ぐずりながら、そう、支離滅裂に答える。それが追求を上手くかわすコツだ。 この男、どうも困り癖があるようだ。悪い奴じゃないんだろう。子供も嫌いじゃないと見た。周囲の男達が、「すっかり懐かれたなぁ」と野次を飛ばす。 ちなみにトレッカーニアは山の名前だ。『トレッカー(船のような)・ニア(山)』。その山の麓には小さな村がいくつかあるが、まぁ、小さい子が言うならこんなもので良いだろう。うん。 そうしている間に、抱きついた男へのボディーチェック。 服の上から触った感じだと、拳銃2丁にナイフが1本……危ないモン持ってますね、おにーさん。まぁ、服の下にナイフ2本と毒薬1本隠してる自分が言えたクチじゃねぇッスけど。 とりあえずもう日が暮れて危ないということで、自分は一時的に、彼等、テロリスト共の集落に潜りこむ権利を得た……。明日の朝彼等はきっと、消えた『マリィ』を心配して探すことになるのだろう。 次に会うのは敵として、ネコマタの『ヴィヴィアン』と対峙することになるとは露知らず。 ――突如、轟音。 聞えた音は火薬の爆ぜる音、漂ってきたのは何かの燃える嫌なニオイ。 嫌がる獣の本能を抑えつけて、咄嗟に思った。あっちは……、 リディ達本隊の、居る方だ! 咄嗟に身を翻して駆けだす。後ろから追って来る男達の制止どころか存在さえ、その時、自分には判らなかった。 近付くほどに濃くなる、硝煙の、肉の焼ける、血の、そして……死の、ニオイ。何度嗅いでも吐きそうに頭の芯がクラクラするその刺激臭の出所は、最後の木の枝を掻き分けた瞬間、一瞬で判明した。 隊長、ルシエーリス、マリーナ、ジド、ケリィ、そして……リディ。リーディル・ワーズ・ドゥーレイニー。 我が愛しの『ヘビイチゴ部隊』は、赤に――火に、血に、そして夕日の光に塗れて、互いに互いの背を預けるようにして……他にも倒れ込んでいる沢山の死体なんて目に入らなかった。 自分の目に映ったのは、最愛にして最高の仲間達と、そして……自分の仲間を奪った癖に、まだのうのうと生きている奴らの姿。それだけ。 そこからはもう、覚えていない。ただ狂ったように、刃を振り回していた記憶だけがある。 燃えつくように熱い指先と対照的に、胸は、頭は、このまま凍ってしまうんじゃないかと思うほどに冷めていたことだけ、覚えている。 優しかった困り癖のある男のことも、それをからかって笑っていた朗らかな男達も、その時記憶の中には無くて。それらも含め、全てが自分から世界を奪い取る、敵に見えたんだ。 数時間後。姿の見えなかったリィリィが呼んできてくれた応援が到着する頃、自分は唯一人、自分で築き上げた血の海の中で、……鳴いていた。 「 に ゃ あ 」 |