猫に蛇を、蛇には猫を。


  ***【Vivian】***

 後日談を、少し。
 リィリィと自分以外全滅したと思われた『ヘビイチゴ部隊』は、応援の到着と共に、もう1人の生存者を迎えた。半死半生の体で救出された、ルシエーリスだ。

 しかしルシエーリスはこの戦いで、両脚と右半身に麻痺の症状を残してしまった。車椅子がなければ出歩けない身なのに、残された自分を心配してか、機動隊にはもう居られないけれど、と、執務室で中央管理局に残ることにしたらしい。

 あの時、応援を呼びに空に舞ったリィリィ……リィリィニィは、しばらくは気丈に頑張っていたが、それから、あの時のトラウマで機動隊を辞めてしまった。火なんて、血なんて思い出さないような海の見える街で、家族と共に小さな店でも営みながら暮らすのだ、と弱々しい笑顔で語ってくれた。

 そしてあの『ヘビイチゴ部隊』には、自分、ヴィヴィアン・ヴェルヴェッドのみが残された。

 この戦いで自分が喪ったものは多かった。からかい甲斐のあって頼れる育ての親、隊長。いつも2人してバカみたいなことで力いっぱい走りまわっていた同僚のルシエーリス。快活な笑顔でよく笑ったマリーナ。ストイックな兄貴肌のジド。ドジでそそっかしいけれど、隊のムードメーカーだったケリィ。いつもまどろむように夢見る瞳で空を見ていたリィリィ。隊長に貰ったナイフのうち1本は途中で刃が折れてしまって、もう使い物にもならないだろう。
 最後に、憎たらしい我がルームメイト、リーディル・ワーズ・ドゥーレイニー。

 アイツといえば、葬式の日にも、またひと悶着があった。
 その日の自分は、あまりに寝苦しい夏の布団の中で寝つけず、思いっきり寝坊をしてしまった。自分が到着した頃には、遺体はもう焼かれてしまっていて、後には細かな骨だけが残されていたように思う。

 頼りなく、右手を握りしめた。アイツの形見のハンマーを、何故だろう、持ってきてしまっていた。

 ――違う、と思った。骨を、周囲で嘆く人々を見て。
 違う、『アレ』は、『アイツ』じゃない。

 『アイツ』はもっと、つるつるで、すべすべで、冷たくて、どんなに自分が冷たくしたって、「ヴィー」って呼んで、「好き」って、暴言を吐くと困ったように「酷いなぁ」って言って、そもそも白くない、『アイツ』はキレイな森の中にある澄んだ湖みたいな青緑をしていて、自分の頭をなでて、「仕方ないなぁ、ヴィーは」って、優しく、優しく、笑って……。

 鼻を啜って、上を向いた。

 いつもケリィに勧められて呼んでいた少女小説は、甘ったるくて、いつだって、「喪って初めてその存在の大きさに気付いた」だとか何だとか書かれていた。馬鹿じゃないかと思った。
 喪ってからじゃ遅いじゃないか、自分はそんな愚かな真似はしない、と。

 ケリィの少女小説のように、甘い関係じゃなかった。
 でも、自覚はしてた。ちゃんと気付いてた。

 喪う前に、言えば良かったんだ。ヒトコトだけでも。

 ――ねぇ、リディ。

 ハンマーを振り上げる。
 リディ、ねぇ、リディ。あなたの好きな肉が、最近食べられるようになって来たんだ。ナイフも自分で研いでみたいな、今度、教えてくれないかな? 前々から言おうと思ってたんだけど、掃除する時、ハタキでホコリを舞わせるの、やめてよね。ねぇ、リディ、ホントはね。ホントは、わたしね。

「リーディル・ワーズ・ドゥーレイニー! お前なんて―――」

 ――だいすき、ッスよ。

 言いたかったコトバはいつものように、声帯がいとも容易く変換した。

「大ッ嫌いッスよ!」

 振り下ろしたハンマーが、愛しいリディじゃない『それ』を、打ち砕く音がした。


   ***【Chacha】***

「そっ、それで……?」

「いやぁ、それからはもう、散々な目に遭ったッスよ。アイツの親御さんには泣かれながら怒鳴られるし、局長からは2週間の謹慎処分喰らうしでもう……」

 そうじゃない、そうじゃないんだよ姐さん! アタシが聞きたいのはそういうことじゃなくって!
 頭を抱えてたら察してくれたのか、姐さんは酒の入ったグラスを傾けながら苦笑した。こういう表情だけ、姐さんは、いやに大人を垣間見せる。

「葬式の後、アイツの親御さんに怒鳴られて……前々からちょっと親交のあったアイツの妹さんが、アイツの鱗をくれたッスね。アイツの一族では、死者の鱗ははがされて親しい者に分け与えられるらしいッスから。あんな最低野郎の妹ッスけど、これがもう良い子で、「私、ヴィーさんみたいなお姉ちゃんが欲しかったんですー」って泣きながら……」

 自分は「自分も、アンタみたいな妹が欲しかったッスよ。本当に」と答えたッスけどね、と言いながら、姐さんが壁に立てかけてあるハンマーをチラリと盗み見る。
 話の流れだと、あれが形見のハンマーなんだろう。

「ルシエーリスは、まだ管理局に居るッスよ。赤い車椅子のタカ女がそうッス。リィリィは歳の離れた弟妹達と一緒に、小さなオルゴール堂をやってるって話ッス。南にあるらしいッスから、興味があれば住所と店名教えるッスよ」

 微かな記憶を辿るように、姐さんが虚空を見上げた。

「それから、えーっと……そうそう、隊長が死んで『ヘビイチゴ部隊』が解散になって出来た空きに、問題児ばっかを押し込んだ遊撃隊『ワイルドベリー小隊』が出来たんスよ。隊長の遺志を継ぐという意味で、隊長に拾われた自分が、新部隊の隊長に推薦されたッス……っと、トトはもうおねむッスね。こんな夜遅くまで付き合わせちまって、悪かったッス~」

 もう遅いし、泊ってくッスよね?と、ヴィヴィ姐さんは部屋にある2つのベッドのうちの使ってない方に、シーツをかけ始めた。この部屋は姐さんが1人で使うようになって久しいのに、2つのベッドがそのままになっている理由を、始めて知ったような気がした。

 後に、姐さんはこう語ってくれた。

 あの戦いで喪ったものは大き過ぎた。得たものなんて何もない。すごく後悔してる。今でも、たくさん。
 でも、あの戦いから立ち直る為の過程で得たものだって、何物にも代えがたいモンなんスよ、と……。

 ふと、視界が霞んだ。
 シーツを用意している姐さんの背中に、青緑色の、そう、まるで、あのツーショット写真の男のような影が、こちらを、見ていたような……?

 目をこすって、アタシは再び姐さんを見る。振り向いた姐さんは、笑っていた。
 きっとこれは、眠かったから、深夜と酒の見せた幻だろう。だから、姐さんには伏せておこう。

 あなたの恋人はまだ、あなたのナイト気取りで居るようですよ、なんて……どうせ死者には、かないっこないんだから。

1 2 3 4 5

Return