猫に蛇を、蛇には猫を。


  ***【Vivian】***

 久しぶりの出動命令が下りたのは、小隊の休憩室で、机を囲んでジェンガをしている時だった。
 いきなり声をかけられて、自分の手元がビクッと揺れる。

 一拍遅れて響いたのは、崩壊の音。

「あぁーッ、隊長がいきなり声掛けるから負けちまったじゃねぇッスかー!」

「ヴィヴィにゃん、勝負も時の運ってヤツだよ。ジュースおごり忘れないでねー、あたし市場のしぼりたてパインー♪」

「じゃ、ボクは冷たいレモン水でお願いね、ヴィー」

「よし分かった、しぼりたてパインとあったかいお汁粉ッスね、任せろ!!」

 サカナ型小銭入れを取り出し出口に向かって駆けだす自分の襟首を、隊長の腕が引っ掴んだ。……放してくれねぇと、買い出しに行けねぇんスけど。

「おい、ヴィヴィアン? ヴィーヴィーアーンー? 隊長、ちょっと話があるって言ったよな、言ったよね? なのに何で、サイフ持ってドアに駈け出した?」

「え? ちょっとジュースを買いに……」

「っていうかヴィー、ボクの分だけ意図的に間違えたよね。この季節にホットお汁粉なんて普通売ってないし、売ってたとしても飲みたくないから、一旦落ちつこう」

「リーディルー? お前まで人の話を聞かん気か、リーーディルーー?」

「いやぁ、隊長も気苦労が絶えないねぇ。で、話って何さー?」

「あぁ、そうだな……っと、ルシエーリス? 他の奴らはどうした?」

 ちなみに、隊長(正確には小隊長)率いる『ヘビイチゴ』小隊は、隊長含め8人の半獣人や化け物で成り立っている。この場に居るのはネコマタ系の化け物である自分と、蛇の蟲人リーディル・ワーズ・ドゥーレイニーと、タカの半獣人ルシエーリス・イル・イリーと、熊の半獣人である隊長の計4人。
 ぶっちゃけ、あと4人、ガッツリ半分が居ない計算になる。

「マリーナは昼休み使って海、ジドは弁当狩って来るとか言って山、ケリィは服汚して川まで洗濯に、リィリィニィは仮眠室で寝てるよー」

「 ま ー た ー か ー 」

 隊長の、山を揺るがすような盛大な溜息。

 追伸すると、マリーナは人魚、ジドはタヌキの化け物、ケリィはアライグマの、そしてリィリィは吸血コウモリの半獣人。放っておくと10分を待たずに自由行動を始める困った、でも気の良い奴ら。

 ……結局、我らが『ヘビイチゴ』小隊の面々が揃うまで、かれこれ45分、自分達は隊長とジェンガを楽しんだ(あと、自分のジュースおごりの件は、そのまま有耶無耶になったッス。ラッキー)。


  ***【Lidl】***

 隊長が言うには、今回の仕事は、テロリストの制圧らしい。
 何だったか……とりあえず、集団で変な妄想をして、まずは中央から攻撃に入ったんだとか。

 出撃は明日。各自、遠征準備と、得物の手入れをしておくように、という話だった。

 そしてボクは今、トレーニングルームの片隅で、ヴィーのナイフを研いでいる。

「そもそもヴィーはさ、武器の使い方が荒いんだよね。もっと大事に使って、血が付いたらちゃんと手入れ用の紙で拭って、最低でも3回使ったら1回は研がないと、すぐに使いものにならなくなるよ?」

「いーんスよ、使えなくなったらお前が研ぐッスし、それでもダメなら買い直すか打ち直すッス。っつーか、お前の得物よか断然マシッス」

「……入隊した時に隊長に貰った、大事なものだったんじゃないの?」

 溜息と共に研ぎ終わったナイフをヴィーに渡せば、ヴィーは刀身を光に透かすようにして、刃零れ何かが無いか品定めしながら口答えをする。

 ちなみに、ボク愛用の品は、柄の長い大型ハンマーだ。これが意外と使い勝手が良くて、撃って良し、薙いで良し、骨を折るにも、刃を砕くにもベスト。
 ただし、基本的に刃物を好んで使うヴィーからすれば、「何でそんな物を」、になるらしい。

「ってか、ヴィヴィにゃんとリーディーはほんっと仲良いね。そーやってると、歳の離れた兄妹みたいだよ」

 ルシス(ルシエーリスの愛称だ)の言葉に、ヴィーの耳が、ピクリと動いた。
 あぁ、ルシス。君は今、触れてはいけない逆鱗に触れた。

「どっちが……」

「ん?」

「どっちが姉でどっちが弟ッスか、こんにゃろーーーーッッ!!」

「ちょっと待とう、ヴィー。選択肢が姉と弟な時点で、君の脳内での位置づけが分かるから。それ以上の問いかけは無意味だからさ」

「もちろん、ヴィヴィにゃんが妹ちゃんでリーディーがおにーさん☆」

 けろっと言ってのけたルシスに、ヴィーの頬がピクリと引きつった。

「表に出ろ、ルシエーリス・イル・イリー。決闘だ、跪かせてやる」

「ヴィー、落ちついて。どぅどぅ。ルシスも煽らないの」

 このいつものやり取りに、明日に向けて準備をしていた同僚達が周囲で笑いをこぼす。
 ……この職場の女性は、みんな気が荒くって困る。

「いいッスか、自分の方が、コイツよか2歳年上ッス! 自分が姉ならまだともかく、コイツが兄と言うのにだけは納得が行かねぇッスよ!!」

「そーゆーことは、自分の鏡を見て精神年齢と外見年齢を足して2で割ってから言えばいい! ついでに、リーディーの外見年齢と精神年齢も足して2で割って、そっからヴィヴィにゃんの足して2で割った年齢を引くといい!!」

「てめぇ、言ってはならぬ事を!!」

 フシャァァ、とヴィーが牙を剥く。ルシスが、いつも制服の袖の中に隠している爪を出した。
 ……互いに、猫とタカ。肉食同士でここは室内で障害物も大して無いから、特にどちらに優勢、ということは無いだろう(空中戦が出来ればルシス、障害物が多ければヴィーに有利に働く)。

 ヴィーもルシスも、女性とは言え結構な訓練を積んでいるし、加減というものも知っている筈だ。明日の業務に支障が出るようなことにはならないだろう。
 そう判断し、ボクは、2匹の猛獣がじゃれ合うに任せることにした。

 明日以降も、こんな馬鹿馬鹿しくも心地よい日々が続くと、改めて考えるまでもなく信じていたから。


1 2 3 4 5

Return